簡単に変われ…無くはない

未分類
この記事は約2分で読めます。
スポンサーリンク

 今日も来て頂きありがとうございます。

 僕は常日頃思っているのですが、日々成長なり変化なりしないと、色んな意味で死んでしまうなと。それを腰が落ち着かないと思われる時も多々ありますが、安易な位置に居続けてしまうと、それ以上の事は勿論の事、長い目で見れば現状維持も難しくなってきます。ある程度齢を重ねるって、そういう事やと思います。

 そうは言っても、何かをいきなり劇的に変えるのは、正直しんどいです。ダイエットのリバウンドみたいなもので、あまりにも変えてしまうと、揺り戻しが起こり、もう1回変えたろと思っても苦い経験だけが残り、結局変われないという事は往々にしてあります。

 まあそんな僕が昔から変化したかと問われると、変化してない部分もそれはあります。とは言え、変化した部分も当然あります。問題は、その変化した部分は自分が望んで起こした変化か?という事です。僕に関して言うと、望まずに勝手に変わった部分もそれはありますが、大体、その時に変わりたいと望んだ部分は変えられてると思ってます。

 では具体的にどこが変わったか、と言われると色々あり過ぎて逆に返答に困るんですが、どのようにして変えてったかははっきり言えます。変えよう、こう成長しようと思った部分をちょっとづつ変えていったんですね。

 僕はこの「何かを変える」という時に話をするのが、実は筋金入りのペーパードライバーなんですが、車の運転に例えて話をします。

 これは高速道路をイメージして頂くと分かり易いと思いますが、車を運転していて、そのままのスピードでハンドルを切ると、エラく切れてしまうんですよ。なんで、ハンドルを切る時は減速するか、ちょっとづつ切るかしないと横転してしまうんですね。で、減速せずに方向を変えたいなら、ちょっとづつハンドルを切るしかないんですね。

 よく言う「慣性」は物理法則として知られてますが、物理って物の理(ことわり)なんで、なんにでも適用できるんですよ。人の考えてる事しかりです。

 なんで、いきなり変えようとせずにちょっとづつ変化していけば、後になって物凄く変わっている訳です。これを変化とも言いますし、成長とも言えると思います。僕はそうしてきました。

 まあ最初に言いましたが、そのままで安穏としてたら死ぬと勝手に思って生きてきたんで、この部分は変わらないです。せわしないと思われるかもしれませんが、変わりたいのに変えれないと思ってる人もやっぱりいると思います。その方々のヒントになれればええな、というのが今回の記事のオチです。

 今回もお付き合い頂き、ありがとうございまいした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました