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鎌田浩毅「理科系の読書術」読了しました。本を読むのが苦手な人の為の読書の手引きから始まり、本をどう扱うかまで書かれてました。印象に残ったのは、知的消費と知的生産の違いについて書かれたところです。曰く、知的消費とは文系的で知的生産は理系的な考えで、期限までに一定の結果を残す事が知的生産つまり理系には大事、と説いてた部分です。生産である以上、結果ありきなんですよ。一応僕は理系の端くれのつもりなんで、もっと結果にコミットすべきだな、と感じた次第です。
この本の中で、本は文房具たれ、という事が書かれていたんで、今回はこの話をしたいと思います。
本を読んでると、この部分は後々に大事になってくるな、と思える箇所が出てきます。それを単に覚えるのではなく、本に書き込みをして、いつでも引っ張り出せるようにすべき、と説いているんですね。線を引っ張ったり、別個で注釈なりメモなりを書いたりと。本は汚してナンボらしいですね。その為、本とは借りるものではなく、購入するものと説いてます。この考え方には全面的に賛成します。手元に残しておいたら、何時でも引っ張りだせるんで。
そう、本とは読んで終わりではなく、読んでどうアウトプットするかが大事なんですね。読みっぱなしは単なる時間の消費ですから。
ただ、本を購入して読み、手元に残しておくと、必然的に避けては通れない問題がありあす。収納をどうするかです。部屋が本で埋もれる時が必ずやってきます。
本は知材でもありますが消費材でもあります。材はため込むだけでは効果を発揮できず、使ってナンボなんですね。なんで、使い切った段階で整理が必要になってきます。貯蔵が死蔵にならない為にも。
なんで、一定の段階で、本も断捨離をする必要が出てきます。ここで本を売ろうと考えると、先の本は文房具という考え方が成り立たなくなってきます。本は書き込みしてナンボ。書き込みした本は当然売れないんで、処分する本の知財をどこかで圧縮して別の何かにストレージするのが良いのかなと。
そう考えると、最初から圧縮するんやったら、本は買わんでもいいやん、と考えてしまいそうなんですけど、それも違うのかなと。その本を読むのは1回だけとは限らないからです。暫く置いてまた読む事もありますから。で、1回目と2回目(ひいては3回目以降も)で反応する所が違うのも読書ですから。
こうなると、読書する上で本をどうするか、という問題は、もうその人のスタンスの問題になってきますよね。本を読むは読むんですよ、今後も。ただ、紙媒体は後々どう処分するかが出てきますし、電子書籍は紙書籍ほど汎用性は無いでしょうし。
と、グルグル考えてきましたが、結論は正直答えが出ないです。もっと良い答えは存在しそうな感じがしますし、人によって出す答えが違うのもこの問題なのかなと。なんか良い方法はないですかね。
今回もお付き合い頂き、ありがとうございました。
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